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動画のお話
 大宅壮一に言わせれば動画メディアなんてものは一億総白痴化をもたらす碌でもないものだということですが、私もその意見には大賛成です。
 視覚刺激と聴覚刺激の際限ないインフレーションなんてのは麻薬みたいなものです。大宅壮一はテレビメディアによって日本人の言語感覚が衰退していくと説きました。正確に言えば、言葉は確かに動画にも用いられるわけですが、それはおおよそ単純化された、記号化された記号のようなものに成り下がっていくわけで、思考を言語で行う者はすべからくその単純化された言語で思考する者へと堕ちていくわけです。
 動画なんて見てるとバカになるよと言いたい。特に、ろくに本も読まないような現代的な若者には声を大にして言いたい。名作といわれる作品を読みましょう。うちの動画をご覧になって下さってる方の年齢層がどの辺りに位置しているのかは不明ではありますが、若い方がいらしたら、今すぐに本を読むことをお勧めします。うちの動画なんてのは完結した暁に見るか見まいかその時の気分で決めつつ、賢明な者は「見ない」という選択を選ぶ、といった程度のものなのです。
これはうちの動画に限った話ではない、なんて言うと各方面からお叱りを受けそうですが、実際の所どうでしょう?この動画を見なかったら人生損してる、なんて動画は果たして存しているのか否か。よその動画を貶めているわけではなく、その外枠、動画という入れ物自体の構造的欠陥について言及しているだけですのでお間違えなきよう。

 以上をふまえた上で、なぜ私が動画を作っているのかといううことですが、上記の論とも呼べぬ論はあくまで視聴者側に立ったものであって、製作者側に立って述べたものではない、と言う点に留意していただきたいです。動画を作る側としては、たくさんの伝えたい事があるわけです。もちろん、一人ひとりに説いてまわる事ができるのであればそれほどいいことはありませんし、私としてもそちらの方が健全であると実感できます。が、それはムリですね。ならばSSなりの形式でテキストサイトを立ち上げろよ、って話にもなりますが、テキストサイトの閲覧者の限界は実経験として絶望とともに確認したことがありますので、それもボツ。
 結局の所、見てもらいやすいのです。単純化されたテキストと視覚・聴覚刺激によって織り成される動画というスタイルは。おもっくそ矛盾しているようで、実際に矛盾した話ですが、しょーもない形式だと喝破しつつもそれに頼らざるを得ない、という話は世のあちこちに存在しています。石油なんてのは使えば使うほど環境に負荷をかけるのにでもそれが便利だから使わざるを得ない、そんな感じ。

 伝えたい事がある限り、動画は作り続けます。ただし、それを単純化してしまうと視聴者と抱き合って一緒に錐揉み落下していくしかなくなってしまうので、できるだけきちんと書きたいと思っています。それを複雑であるとか冗長であるとか感じられるかもしれません。実際、複雑で冗長です。でも、こうでもするしかないなー、というのが今の所の私の答えですので、結果、複雑で冗長なものにしかなりえません。これまたあしからず。大体、五話の40分動画で振り落とされると思いますので、それ以降を見てくださる方はこの辺りの点に目をつぶっていただけるのかなーと勝手に判断しております。

 取り留めの無い話ですが、今までの論を整理すると、動画なんて見てないで本を読んだ方がずっといいけどそれでも見るならいろいろと覚悟してね、って話です。
 でも、あえて繰り返し言います。
 本を読んだ方がいいよ、と。
 そして更に付け加えるならば、本ばっかり読んでても仕方ないので、外に出て、居酒屋のカウンターでもいいので、人との会話を楽しみましょう。会話、言葉を正確にするならば、「社交」は最高の文化的行為です。酒場に一人で行く事も覚えましょう。


 で、長々と書いた上で、結局なにを言いたかったのかといいますと、

 社交としての「コメント」をください。反応が無いとどうしようもなくなるので。以上。


 ね?冗長でしょう?


雑記 | 07:52:49 | Trackback(0) | Comments(0)
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